おクスリ
「あれ?」
重力コントロールボックスのシートに座るリッキーが、頓狂な声をあげた。
その声にタロスとアルフィンがリッキーに顔を向ける。
ブリッジにジョウの姿はない。
今はドンゴを連れ、格納庫へ行っている。
「なに?」
リッキーが自分を見て声をあげたのに気づいたアルフィンが問う。
「なんか首赤くなってる」
左側の後ろ側、髪に隠れた首筋を指差された。
先ほどアルフィンが髪を掻きあげた時に見つけたのだ。
白い肌が一点赤く染まっている。
「えーっ?どこ?」
「もっかい首の後ろ見せてくれよ」
「こう?」
両手を首筋にまわし長い髪を持ちあげ、片方に寄せて首筋を見せた。
「左側のここんトコだよ」
アルフィンに見えるよう、自分の右の首筋で指し示す。
「虫にでも刺されたんだよ、きっと」
さらりと髪を下ろし、リッキーに言われた患部とおぼしき場所を指でなぞる。
「目立つ?」
「まぁね。髪降ろしてると分かんないけど」
「痛くも痒くもないんだけど・・・気になるわね」
指で触っても何も感じない。
「ねぇ、ちょっと見てきていい?メディカルルームに行ってくるわ」
現在ミネルバは連絡待ちの待機中。
ブリッジには居るものの、しばらくは特にすることもない。
そんな状況なのでブリッジから出るのを留める理由はないはずだ。
だからアルフィンも気軽に言ったのだが、意外にもタロスが口をはさんだ。
「放っときゃ治る。まぁ・・・その、何だ。気にするほどの事じゃないと思うんだがな」
言いにくそうに鼻の頭をぽりぽりと掻いている。
そんなタロスを不思議そうに見ながら訊いた。
「行っちゃ駄目?」
「いや、ココに居なきゃいけないと言ってるんじゃねぇんだ」
タロスにしては珍しく歯切れの悪い反応。
「そんなもんは、すぐに消えるさ」
小声になったタロスに反論するように、リッキーが口を出す。
「だけど、結構でっかくなってるぜ?」
「えー、そんなに?」
「今まで気づかなかったのかい?アルフィン」
「だって何ともないんだもの」
「クラッシュジャケット着てるからさ、肌が露出してて狙えるところなんて頭の部分
しかないじゃん。気がつくと、俺らもたまにヘンなトコやられてるよ〜」
「へっ!てめぇは目の前で鼻の頭刺されても気づかねぇんだろ?」
「るせー!タロスは虫にすら相手にされてねぇじゃんか!ひがんでんじゃねぇよ」
「なんだとこのチビ」
ふぅ。と、アルフィンはため息を漏らした。
いつものが始まってしまった。
行くなとは言われなかったので、この間に手当てをしにブリッジを出た。
いくら見えない場所とはいえ、乙女の肌に跡は残したくない。早めの処置が肝心だ。
メディカルルームの大きなミラーの前で振り向きながら髪を掻きあげた。
「全然気づかなかったわ・・・いつの間にこんなとこ」
見えにくい位置だが、何とか確認できた。
処置を終えたアルフィンはブリッジに戻る途中、キッチンへ寄った。
何か飲み物でもと思ったからだ。
キッチンには先客がいた。ジョウだ。
「ジョウ!格納庫はもういいの?」
「ああ、何かあったのか?」
自分に用があって呼びに来たのかと思ったジョウはそう聞いた。
「ううん、何もない」
「そうか」
急ぎの用が無いなら、慌てて戻らなくても良い。
「ドンゴは?」
「先に戻ってる」
「そう」
アルフィンは自分用の飲み物を取り出した。
ジョウはすでに飲み終えていた。
「お待たせ。戻る?」
「ああ。その前に」
そう言ってアルフィンを抱き寄せた。
軽く唇を合わせ、束の間恋人同士に戻る。
唇をはなすと、アルフィンは眉をひそめ拗ねたような表情をした。
「最近のジョウって、ちょっとエッチだわ」
ジョウがこうして向けてくる好意は無上の喜びではあるのだが、段々と大胆になって
いる行動には躊躇いもある。
「・・・そうか?」
口ではそう言ったが、ジョウには自覚があった。
アルフィンの存在が日々自分の中で大きくなっている。
肌を合わせ互いの想いを通わせるようになった今では、時に彼女が欲しくて堪らなく
なることもある。
仕事中はもちろん抑制する自信はあるが、長期にわたって触れあえないのは辛い。
こうして一息つける僅かな時間に二人でいられるのだ。
少しだけでいい。彼女の肌を感じたい。
「エッチってのは、こういうのじゃないのか?」
さらにジョウはアルフィンの金髪を掻きあげ、細い首筋に顔を近づけた。
彼女の肌を味わう。が・・・。
「うぇ、不味い」
耳元でそう言われジョウを見ると、舌を出し顔をしかめている。
苦虫を噛み潰したような表情。
「ジョウ?」
ジョウが口付けた場所は、赤い痕。
「やだ!さっき虫刺されのクスリ塗った所なのよ」
水でうがいをして落ち着いたが、痺れるような苦味が唇に残る。
口元を手の甲で拭いつつ背後のアルフィンを振り返った。
「虫刺されぇ?」
ふとアルフィンの脳裏に何かが引っかかった。
デジャヴュのような何か。
今のジョウの口付けには何度か覚えがある。
髪を掻きあげ、首筋を・・・。
「・・・ちょっと待って!もしかしてこれ、ジョウの仕業なの?」
「何が?」
ブリッジのやり取りを知らないジョウには話が見えない。
悪戯心で、アルフィンに見つからぬようこっそりと付けた印。
消えないように何度か同じ場所にしていた。
肌を合わせなくても、それを見るだけで彼女が自分のものだと満足できる。
「やだぁ!もしかしてタロス、キスマークだって気づいてるんじゃ・・・!」
「タロス?」
「言いにくそうに、すぐ消えるから気にすんなって・・・」
「あちゃー」
リッキーには分からなくても、タロスにはお見通しのようだ。
「もおっ!ジョウのばかぁ!」
真っ赤になったアルフィンは、そう言い捨てキッチンを後にする。
「悪かったって。待てよ、アルフィン」
彼女のあとを追ってブリッジへ向かった。
「知らないっ!」
すっかりご機嫌を損ねてしまった。
「俺のものだという証が欲しかった」と一言告げれば、窮地から脱出出来るかも
知れないが、そんな気の利いた台詞はジョウからは出てこない。
アルフィンを怒らせたまま、無情にもブリッジのドアは開いた。
-fin-