いまはまだ言うわけにはいかない
「ねぇ、ジョウ?」
アルフィンはいつも突然だ。
「ジョウはいつからあたしのこと好きだったの?」
俺の横でシーツにくるまり、うつぶせで頬杖をつきながら無邪気にそんな質問をぶつけてくる。
そんなこと答えられるか。
しばらく無反応で寝たフリをしていると、なおもしつこく食い下がってくる。
「ね〜え〜ジョウってばぁ〜」
アルフィンに背を向けるように寝返りをうち、完全無視を決め込んだ。
「もう!きこえてるくせにぃ!」
多少機嫌の悪い声にはなっているが、怒るところまではいっていない。
なのでそのままだんまりを続けた。
しびれをきらせたのか、アルフィンは強硬手段に出る。
背中に、柔らかな肉の当たる感触がした。
俺もアルフィンも何も身につけていない。一糸まとわぬという状態でベッドにいる。
脇から細い腕が俺の胸に伸び抱きしめるように絡まる。
アルフィンの剥きだしの肌が密着する。
今夜はもう既に一度アルフィンを抱いているがこんな擦り寄られ方をされてはまたその気になってしまう。
「ジョウ・・・お願い」甘い声で背後から耳元へと囁く。
「ね、教えて」
とろけるような誘惑で篭絡するつもりだろう。
非常に有効な手だ。俺はそれに逆らえない。
ため息をひとつ吐き出してから、仕方なくヒントをくれてやる。
「ピザンの時だ」
「ピザンのいつ?もっと具体的に・・・」そこまでしか言わせなかった。
詳しく訊きだそうと身を乗り出しかけて肌が離れた隙をつき、振り返りざま唇をふさいだ。
抵抗出来ないように両手を押さえつけて強引に抱いた。
それ以上の追求をかわすため、アルフィンを快楽の底へ落とし込んでやる。
そんなことは寝物語にも答えるのは恥ずかしい。誤魔化すに限る。
俺がいつ、アルフィンを意識しはじめたのか。自分では分かっている。
ゲル・ピザンのジャングルでだ。
きっとアルフィンにとっては気に留めるような出来事ではなかったはずだ。それほど些細な切っ掛け。
だが、あの瞬間を、あの感覚を、俺は一生忘れることはない。それほどに強く記憶に刻んである。
ゲル・ピザンに墜落しプラットホームに向かう途中、何者かに連れ去られたアルフィンを捜し行き詰まっていた時に感知した手榴弾の熱波。ぐずぐずしていては命にかかわると反応地点を目指し全力で走った。
その矢先、アルフィンの壮絶な悲鳴を浴びた。突然の再会には驚いたが無事な姿に安堵した。
俺を確認した次の瞬間、アルフィンは俺に抱きついてきた。
不意打ちだった。
俺の首に腕を回し、身体ごとぶつかるように俺にしがみついてきた。
クラッシュジャケットの襟越しだったが、アルフィンは俺の首筋をきゅっと強く抱きしめた。
頬に触れる柔らかな肌と髪。無防備に俺に全てを預け、俺を頼りにすがってくる。
胸に刺さるようなたまらなく甘い疼きを感じた。
危険な目にも遭い、ひとりで心細かったのだろう。
俺が守ってやる。華奢な身体を腕の中に抱きながら、そう強く決意した。
その瞬間だ。気力が全身にみなぎり今までの疲労が全て消し飛んだ。
夜通し猛獣と闘いながらアルフィンを捜した疲れが一気に無くなったのだ。
体験したことの無い感覚に驚くと同時にいつまでもひたっていたい心地よさを感じていた。
しかしそれも束の間、アルフィンは泣いてしまった。
安心してのことだとはいえ、こうなると俺の手には負えなくなる。
そもそもアルフィンのような女の子を相手にしたことなど皆無に等しい。
どういう反応がくるかなど、分かるわけがない。慰め方など知るはずもない。
だからそのままにした。泣き止むまで待つ。それしか出来ない。
アルフィンも泣くだけ泣いた後は、話が出来る状態になった。
経緯をきいてからは出来るだけアルフィンを手の届くところにいさせた。消耗が激しく手を貸してやる必要もあったが、猛獣だらけの場所で二度も見失うわけにはいかない。そんな焦燥もあったが行動を共にしている間にかなり個人的な感情をアルフィンには抱いていたのもその理由だ。
助けたのはクライアントだからかと問われた時、真意が分からなかった。ただ冗談で訊いているのではないとは判断できた。ストレートには言えないが俺なりの正直な気持ちは答えた。アルフィンも俺を単に頼りにしているだけではなく、好意を持ってくれているということは、俺と同じセリフで返されて理解した。
好意を示されて悪い気はしない。ましてや好ましいと思っている相手からのものだ。でもそれは一時的なことだとは頭の隅にあった。仕事が終われば俺たちはそれぞれの場所へと戻っていく。
それでいいと思っていた。アルフィンが笑顔で幸せでいてくれれば良いと。そのために、なにがなんでもガラモスを倒し、ピザンを取り戻してやるつもりだった。
ピザンの一件ではアルフィンはまだ王女の立場にいた。
その責任感からか、しっかりと責務を果たし彼女なりに戦っていた。並大抵の覚悟で出来ることではない。アルフィンは守られるばかりのお姫様ではなかった。
試そうと考えた訳ではなかったがアルフィンがどう動くか知りたくて、一度行動の段取りを任せてみたが見事な采配をみせた。
その直後クラッシャーになれるかと訊かれたときはまさか本気だとは思いもしなかったのだが。
本当に、思いっきりのよさには感服する。無謀にも程があるというべきか。
そのおかげで今もこうして傍らにアルフィンがいてくれている。
意識を失ってぐったりとしたアルフィンの、乱れて頬にはりついた髪をなおしてやった。
躊躇いなくこうして触れられるようになったのはいつの頃だったか。
初めは首に抱きつかれるたびに慌てて引き剥がしていたものだ。
2人だけの時ならまだしも、みんなの前であれをやられるのには抵抗があった。多分あの時を思い出すと同時に愛しさが込みあげてきてしまうからだ。今もその感情は変わらない。特に剥きだしの肌を密着させて抱きつかれたりするとたまらなくなる。
そうとは知らずアルフィンは抱きついてくるのだけれど。
アルフィンはどうして俺だったんだ?アルフィンの周りにはそれなりの男もいただろうに。
よりにもよってクラッシャーの俺を選ぶとは。
それを訊くことは墓穴を掘るに等しいため俺から訊くことは出来ない。
まあいい。今ここにこうしていてくれるだけで満足だ。
あどけない寝顔をこちらに向けて寝息をたてるアルフィンを眺めた。
自身よりも大切な愛しい存在。
どんなにひとりで大丈夫と思えるようになったとしても守ってやりたいのはかわらないが、仕事の上ではいつでも守ってやれるとは限らない。
俺の目の届かないところにいても安心していられるよう、しっかり鍛えさせてもらうからな。
そうひとりごちて、眠るアルフィンの唇に軽くくちづけ、ベッドサイドの明かりを消した。
-FIN-