セッション
「――SV06542、8A。<ミネルバ>だ」
船籍、次いで船体コード番号と船名を申告すると、モニターの向こうの管制官は、愛想の欠片(かけら)もない態度で応じた。
「<ミネルバ>ですね。こちらで貴船の船籍照会を行いますので、そのままお待ち下さい」
「照会?」
だが管制官は不審げな問い返しを一切無視して、船籍元へ“照会”を始める。
彼は眉を寄せると、隣の主操縦席を見遣った。フランケンシュタインそっくりの、傷だらけの顔を振り向けた操縦士は、「さあ?」とばかり太い首を傾げて見せる。
彼はメインモニターを再び見上げた。16,7歳くらいだろうか。ややくせのあるセピアがかった髪に意志の強そうな琥珀(アンバー)の瞳、若々しい精悍な面には、だがまだ多分に少年の面差しを残している。
こういう時は何を言っても無駄であることを経験で知っている彼は、黙って指示を待った。無意識に彼の指がコンソールをこつこつ叩く。
しばらく待たされた後、管制官はようやく口を開いた。
「……確認完了しました。……クラッシャージョウの<ミネルバ>。惑星国家アラミス、クラッシャー評議会所属。――結構です。<ミネルバ>の、ノースエリア7−21への着床を許可します」
「了解した」
ジョウが通信を切る。途端に動力コントロールボックスの、麦わら色の髪をした小柄な少年が口を尖らせた。
「こっちは給油だけで入国はしないって言ってんのに、やけにもったいぶるじゃん」
リッキーだ。ジョウのチームに入ってまだ一年足らずの新米クラッシャーである。
「向こうはお役所仕事なだけだからの。やっこさんに噛み付いたところでせんないわい」
と、隣の航海士がやんわりと返した。こちらは髪も眉も真っ白な老人である。
「ここの大統領は以前から強権派で有名だからの、自然と内政もごたごたするんじゃろて。つい最近も脅迫状騒ぎで反政府組織を強硬手段で弾圧したとニュースで流れとったしな。……一般にこの手の国の政府はな、自国に出入りする人間の身元を執拗なくらい気にするもんじゃよ」
「ふうん……」
リッキーは訳知り顔に説明するベテランクラッシャーの皺深い顔を見返した。さすが年寄り、物知りだ。
「で、ガンビーノ、その強権派とかいうエライ大統領ってのは、なんて大統領なんだい?」
「知らん」
「なんだよ」
感心して損した、といわんばかりの新米を、ガンビーノはちろっと睨んだ。
「名前なんぞいちいち覚えとるかよ。大体銀河系にどれだけ大統領がいると思っとるんじゃ」
「そりゃまぁ……」
銀河連合に加盟している太陽系国家はざっと八千あまり、確かに覚えるだけムダである。
「誰が大統領だろうといいさ」
と、副操縦席に座るジョウが肩越しに振り返った。
「給油させてくれるって言うんならな」
そのとき、通信が宇宙港への着陸許可を知らせた。
「――タロス」
若いチームリーダーは、操縦士へ呼びかけた。
「へい」
タロスのごつい手がコンソールを走り、操縦桿を握る。
<ミネルバ>は待機していた太陽系国家スメラギの第五惑星、スメラギの衛星軌道上からとびだした。
大気圏を抜け、雲が切れると、眼下に大陸が現れた。首都の在るツェード大陸だ。<ミネルバ>は地表からの指示に従って、エアポートの一角へ着陸した。
メインエンジンの火を落とすや否や、管制塔から通信が入った。通信は音声のみで、給油は六時間後だと告げると、一方的に切れてしまった。ジョウは思わず舌打ちした。
「ったく、待たせてばかりいる惑星(ほし)だな、ここは……」
すると、出し抜けにリッキーが、メインモニターを指差した。
「ねえ、あれ流星マークなんじゃない?」
「なに?」
マルチに区切られたモニターのひとつに垂直型の宇宙船が映し出されている。同じノースエリアの端っこのあたり、カーゴシップに半分隠れるようにして停泊しているその銀色の船体に、クラッシャーを示す、飾り文字をあしらった流星マークが見えた。
「あいつはぁ……<ハンニバル>ですぜ」
タロスがわずかに目を瞠(みは)った。
「<ハンニバル>って言やぁ――」
「ほっほ、“のっぽのタイラー”か」
言いかけたジョウの言葉をガンビーノが横からさらった。ジョウが微かに渋い表情を浮かべる。リッキーだけがきょとんとして、ジョウたちの顔を見回した。
「誰だい、その“のっぽのタイラー”って?」
「お前さんはまだ会ったことがなかったな」
ガンビーノがのんびりと言った。
「クラッシャータイラーといってな、特に輸送と護送を得意にしとるチームじゃよ」
「リーダーのタイラーはジョウと同期だ。年齢(とし)は……四つか五つか上だったんじゃねえかな」
タロスが付け加える。へえ、とリッキーは目を丸くした。
「それじゃあ、まだ若いんじゃん?」
と、自分のことは棚に上げるリッキーに、ガンビーノは可笑しそうに答えた。
「おお、若いぞ。チームリーダーの中じゃ三番目に若い」
「一番若いのは兄貴だろ?」
といって、ジョウを見る。すでにキャリアを七年積み重ねてクラッシャーランクもAAだが、実際はまだ十七歳である。さすがに彼より若いチームリーダーはいない。
「ああ。その次がタイラーで、三番目があいつだ」
タロスがモニターへあごをしゃくる。リッキーは首をひねった。
「あれ? 今、タイラーって三番目だって言わなかった……?」
「だからの、タイラーという若いチームリーダーが二人おるんじゃよ」
しかも二人とも、揃いも揃って二世クラッシャーときたからややこしい。
「へ?」
ぴんとこなかったらしいリッキーに、ガンビーノが説明した。
「つまり、息子がタイラーって名前の親子のクラッシャーが二組いるってことじゃよ。それだもんだからわしらは<ハンニバル>の方は<のっぽのタイラー>、もう一方のヤツは<タイラー坊や>と呼んどるのさ」
「へえ……?」
ジョウはモニターから目を外すと、タロスのほうを見遣った。どことなく、気が進まない感じだ。
「……やっぱり、ひとこと言っといたほうがいいんだろうな?」
「そりゃまぁ、これだけ鼻面つきあわせてるのに知らんぷりってわけにはいかねえでしょう」
宇宙でクラッシャー同士が遭遇することはままあるが、こんな、エアポートでかち合うのは珍しい。
「ほ。<ハンニバル>が先に言うてきよったぞ」
ジョウが回線を開くよう指示すると、まもなくメインスクリーンに頭髪の薄くなった老人が現れた。タロスと同じ、黒のクラッシュジャケットを身につけている。
「――よう。久しぶりだな、ジョウの坊主」
「やあ」
坊主呼ばわりされて、ジョウの頬がわずかに引きつった。そんなジョウを知ってか知らずか、相手のクラッシャーは、赤銅色に宇宙焼けしたしわの目立つ老顔をにやりと歪めた。
「なんじゃクラウスか。おまえんとこののっぽ坊主はどうした?」
拍子抜けしたように、ガンビーノが口を挟んだ。クラウスは<ハンニバル>の航海士だ。操縦士のK・Kとともに、ガンビーノとほぼ同世代の、老クラッシャーである。
「よう、飲んだくれ。まだくたばってなかったか」
「しばらく会わんうちにお前さんの頭のほうはサッパリ薄くなっとるな」
「ふん。お前の顔がマズイのは昔からだが、耄碌(もうろく)して目も悪くなったなガンビーノ」
「わしが悪いのは膝と肝臓だけじゃ」
歯をむき出して言い返すガンビーノに、
「それに目と口も追加しとけ!」
「……なんだい、このヒドイ会話」
リッキーが呆気にとられてどんぐり眼(まなこ)を瞬(まばた)かせる。するとタロスが低くぼやいた。
「年齢(とし)なんざとりたくねぇな……」
「聞こえとるぞタロス」
間髪入れず、スクリーンの老人はタロスをねめつけた。タロスは口の端で嗤(わら)う。何しろお互い、三十年以上からなる古なじみだ。ついつい減らず口も多くなる。
「――それで? そっちは今あんただけなのかい?」
いつまでたってもタイラーに代わる様子がないので、ジョウが訊くと、
「ああ。他の連中は、積荷をホテルまで迎えに行っとる」
つまり、タイラーのチームは人間だか荷物だかを運ぶ依頼を受けてこのスメラギにやってきたということらしい。
お前らも仕事か、と聞き返したクラウスに、ジョウはかぶりを振った。
「……いや。俺たちは給油に立ち寄っただけさ」
「そうかい」
クラウスは<ミネルバ>の操縦室を眺めた。確かジョウのチームはロボットが機関士の代わりをしていたはずだが、その動力コントロールボックスには、見慣れない少年が納まっている。
(……K・K、お前は納得せんだろうが、もう潮時だろうよ、わしら老骨はな)
老航海士の胸中はほろ苦い。
「クラウス?」
「――あ、ああ」
クラウスは視線をジョウへ戻した。
「……ジョウ、タイラーが戻ったら、改めて通信を入れさせるよ」
「気にしないでくれ。第一、そっちは仕事中だろ?」
ジョウは断わったが、クラウスは取り合わなかった。
「大人の真似なんぞして、水臭いことを言うもんじゃねえよ」
通信が切れる。ジョウは小さく舌打ちした。これだから、親父の古馴染みの連中は苦手なのだ。なまじジョウ自身が記憶にない頃の自分を知ってたりするから、いつまでたってもガキ扱いだ。
それにしても、あのタイラーのチームとは――
「…………」
脳裏に、忘れていた、二年前の光景が不意に蘇ってくる。
青く、高いアラミスの空、銃把(じゅうは)を握る掌の感触、碧空に撒かれた切片(クレー)が陽射しを弾き、指がトリガーを引き絞る……
「……ち」
ジョウはもう一度舌打ちをすると、首を振って記憶を頭の中から追っ払った。タロスが怪訝そうにジョウの顔色をうかがう。
ジョウはチームリーダーの表情(かお)に戻ると、操縦室を見回した。
「なにぼけっとしてんだ。さっさと<ミネルバ>の点検(チェック)を始めろ!」
「へ、へい」
どやされた三人は、あたふたと手を動かし始める。
顔を見なくても分かる。チームリーダーの機嫌は、かなり悪い。
ちょうど昼飯時だったので、補給物資の受け取りと留守番をガンビーノに任せ、ジョウたち三人は宇宙港のターミナルビルで腹ごしらえをすることにした。
半年前に新築されたばかりだというターミナルビルは、イントレランスに噴水なども設置されて、開放的な雰囲気だった。
「その割りにあんまり人がいないね」
吹き抜けになったフロアを横断しながら、リッキーはきょろきょろと落ち着かない。
「こんなもんじゃないか?」
通り過ぎざま、ジョウの視線が大理石に擬した広告柱をひとなでする。眼光の鋭い、壮年の男が、国旗を背景にポーズをとっては切り替わっていく。おもしろくもなんともない。
バーガーがいい、ヌードルにしよう、と言い合う二人の後からタロスがのっそり付いていく。
その背中を、不意に声が呼び止めた。
「――ああ、きみたち」
「?」
振り返ったジョウたちに向かって、その男は手に提げたペーパーバックを突き出した。
「ちょっと買い足ししてただけだから、わざわざ追っかけてこなくてもよかったのに」
「……なんだ?」
タロスはペーパーバックと男を見比べた。二十代の後半くらい、ブラウンの髪を短く刈り込んだ、頬骨の高い、身体つきのしっかりした男である。
「おいらたちになんか用かい?」
脇からリッキーが訊いた。すると、男は不思議そうに聞き返した。
「用も何も、クラッシャーだろ、きみたち」
「見ての通り俺たちはクラッシャーだが、それがなんだってンだ?」
ジョウが前に出る。男はようやく様子が違うと思ったらしい。ブランド店のペーパーバッグを引っ込めながら、
「クラッシャータイラーのチームメンバーじゃないのか……?」
「タイラー?」
「あそうか。あんた、タイラーチームのお客なんだろ?」
察したリッキーが、腰に手を当て男を斜めに見上げた。
「だったらチーム違いだ、あんちゃん」
タロスが自分たちはジョウのチームだと答えると、男は軽く目を瞠(みは)った。
「いや失礼してすまない。――まさかタイラーチーム以外のクラッシャーがいるとは思わなくてね」
と、穏やかに謝った相手を、ジョウは改めて一瞥した。流行りものではない、仕立てのいい銀朱(ブラッドレッド)のスペースジャケットを身に着けて、いかにも富裕層(プチブル)の匂いがする。
しかしそれにしても気のせいだろうか、初対面のはずだが、最近どこかでこの男を見たような気がするのだが……?
内心密かに首をひねる。と、
「ミスタ! ミスタライブラ!」
若い声が、彼らに向かって投げられた。ジョウたちが振り返ると、向こうからフロアの床を踏み鳴らしながらクラッシャーが二人、あたふたと走ってくる。
だが二人は数メートルのところで驚いたように速度を落とすと、戸惑いの表情を浮かべて歩み寄った。
「……ジョウじゃないか」
と、グレイのクラッシュジャケットを着た方がぐるりと面々を見回す。その肉の薄い鼻梁に眼鏡をかけた老人へ、タロスはにやりと返した。
「――ようK・K」
「……こんなところで何やってんだ、お前ら」
と訊いた彼の視線が、ふと険しくなった。
「……アラミスか?」
「アラミス?」
ジョウが聞き返したそのとき、リッキーが突然、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ! やっぱりそうだよ!」
どんぐり眼(まなこ)を剥くと、ライブラと呼ばれた男の顔を指差した。
「どっかで見たことあると思ったら、アンタ、あのラグボールのライブラ塁審だろ!?」
「なんだいきなり」
タロスがリッキーを胡乱(うろん)げに見遣った。リッキーはもどかしそうに指した人差し指を上下に振りながら、
「だからラグボールだよ! この間のカグツチVSシナトベ戦の三塁の塁審がこの人だったじゃん。タロスも一緒に観てたろ?」
「あ!」
ジョウははっとして、顔を上げた。引っかかっていた記憶がいきなりクリーンになった。
「思い出したぜ! そうだ、たしかどっかの大統領の息子が審判デヴューするとかで選手そっちのけで塁審ばかり映してやがったんだ。……そうか、じゃあアンタ……」
言いながら、ジョウの視線が先ほどの広告柱へ吸い寄せられる。ホログラムのポスターにははっきりとライブラ大統領とあった。
ジョウは眼前の男に視線を戻した。親子だと思って見直すと、確かに髪の色とあごの辺りがよく似ている。
「塁審ねぇ……?」
ひとりタロスだけが腕を組んで太い首をひねっている。
サッパリ覚えていないらしい。リッキーが呆れて見上げた。
「いちばん熱中して見てたくせして、覚えてないのかよ?」
「いちいち審判なんざ見てねーよ」
タロスは鼻を鳴らして言い返す。するとやり取りを聞いていたライブラが、かっちりとした口元に苦笑を浮かべた。
「そりゃそうだよ。ふつうはみんなプロプレイヤーのプレイに熱中するもんだ。審判なんて気にも留めないよ」
「ほらみろ」
「って、自分の記憶の薄さを自慢すんなよな」
リッキーがあからさまに白っぽい目を向ける。瞬間、タロスの傷だらけの額に静脈が浮き上がった。だがもちろんリッキーはそんな凶相くらいではビクともしない。代わりにタイラーチームの若いのが、そばかすの痕が目立つ面(おもて)を強張らせた。殴られると思ったらしい。
上背はジョウとだいたい同じくらいだが、厚みでやや劣る。ライトブルーのクラッシュジャケットを身に着けているが、本人はハイスクールの制服の方がしっくりきそうな感じだ。つまり、まだ板に付いてないのだ。
いつの間にか五人のクラッシャーに囲まれる形になったライブラは、契約チームでなく、ジョウたちへ向かって話しかけた。
「君たちはラグボールを見るんだな」
「タロスが好きなんだよ」
リッキーが親指でタロスを指した。
「そのくせ選手の名前なんてロクに覚えてないんだぜ」
それは本当だ。しょっちゅう、それで二人で喧嘩してはジョウに怒られている。
ライブラは契約チームのメンバーへ視線をむけると、
「彼らはラグボールどころかウェーブチャンネル自体ほとんど見ないと言ったから、てっきりクラッシャーというのはそういうものに興味がないんだと思ったんだが」
気安い口調で、話した。
「そうなのか?」
ジョウは意外な思いでK・Kに問い返した。宇宙生活者のクラッシャーたちの娯楽といえば、まず銀河系ウェーブ通信チャンネルだ。スポーツにしろドラマにしろバラエティにしろ、とにかくみんな、よく観てる。
<ハンニバル>の老操縦士は、まぁ、と歯切れ悪く言い訳した。
「ウチはチーフも俺らもせいぜいニュースパックくらいしか見ねぇしな……」
「そういや、お前ンとこのタイラーはどうしたよ?」
タロスが思い出したように周囲へ首を巡らせた。広いフロアには他にクラッシャーの姿は見えず、ただ子どもを連れた若夫婦が、そばを通り際、不審げに彼らを一瞥していくのみだ。
「チーフは――」
「ティム!」
K・Kが短く、さえぎるように仲間の名を呼んだ。若いクラッシャーは、はっとして口をつぐむ。K・Kが眼鏡を指で押し上げながら、代わって答えた。
「――タイラーは先に出国手続きに行っとる」
「ふうん、それでお前らは発進時間までこちらサンの荷物もちってわけか?」
タロスはライブラが提げているペーパーバックへ視線を投げる。
「まぁ……そんなとこだ」
K・Kは、口の悪いタロスへ真面目くさって頷いた。これから急いで彼を試合の行われる惑星(ほし)まで送るという。
「でもなんでクラッシャーの船なんだい? アンタ、大統領の息子なら、SP付の専用機ってやつでセレブ移動してんだろ?」
するとリッキーが、芸能ニュースで仕入れた噂話を無遠慮にぶつけた。ジョウが止める間もない。だがライブラは機嫌を損ねることもなく、気さくに応じた。
「世間じゃなんと言ってるか知らないが、僕はチャーター機は使ってない。普段は普通の星系便を利用している。ただ今回は急遽試合が入ってしまってね」
しかもミスで連絡が遅れて、試合までとにかく時間がないという。
「正規の星系便じゃとても間にあわない。かといって奥の手で専用機を仕立てるのは嫌だしね。――公用でもないのに専用機を使うなんておかしいだろう?」
そう言った彼の態度には、境遇からくる尊大なところはまるでなかった。どこにでもいる、スポーツマンの好青年と云った雰囲気である。とかく悪評が高い父親とは随分違う。
「……でも仕事に遅れるわけにはいかないから、親父の側近に宇宙軍の高速艇並みに速いチャーター船はないかって聞いたら、クラッシャーなら可能かもしれないって言われてね。それで問い合わせてもらった。――まったくすごいんだなクラッシャーってのは。スメラギからチェインまで標準時間で14時間かからないって言うんだから驚いたよ」
ライブラは最後は呆れたように笑って、クラッシャーたちを見回した。
「――なぁんだ。じゃあ護衛としてクラッシャーを雇ったわけじゃないのか」
てっきりそうだとばかり思い込んでいたリッキーは、いささか拍子抜けの態でライブラを見上げた。
「はは。子どもの頃ならともかく、今の僕にそんなものは必要ないよ。親父は確かに大統領だが、僕はすでに独立した一個人で、ただのラグボールの審判だからね。親父は親父、僕は僕だ。――ただ」
と、そこで一旦言葉を切ったライブラは、明朗な面に苦いものをよぎらせた。
「……ただそうは言っても、世間はやっぱり僕のことは“大統領の息子”としか見てくれないことのほうが圧倒的に多いから、正直うんざりはするがね」
「……わかる」
思わずジョウは低く唸った。その声にひどく実感がこもっている。ジョウの方をうかがったタロスがなんともいえない表情(かお)をした。が、何も言わなかった。
それにしても……と、ふとジョウは考えた。
確かにクラッシャーの船なら下手な高速便よりスピードが出る。現に運び屋顔負けの高速輸送を専門にしているチームも存在しているし、輸送が得意なタイラーの<ハンニバル>の足も相当速いと聞いている。
(それにしても……?)
アラミスは“速い”と云うその理由でタイラーにこのチャーターの仕事を回したのだろうか。さっきの話の様子だと、依頼は本人が直接行ったのではなく父親の側近の筋から頼んだらしいが……
ジョウはさりげなく、フロアに等間隔で並んでいる広告柱へ目を投げた。上手くカモフラージュしてあるが、訓練されたジョウの目には、監視カメラが歴然だ。
賭けてもいい。あのカメラのうち何割かは、ずっと大統領の息子に張り付いているはずだ。
そこまで考えて、ジョウは憶測するのをやめた。大統領の息子とあのタイラーと云う組み合わせが、ついジョウを考え込ませたのだが、どっちにしろ、これはタイラーの仕事だ。彼が気にすることではない。
次第に周囲の人の流れが、気ぜわしくなっていた。発着時間の迫った星系便のアナウンスが流れ始めたせいだ。
K・Kは手首の通信機へ目を落とした。デジタル表示は<ハンニバル>の離陸時間まで二時間を切っている。
さりげなく、傍(かたわ)らのティムと目線を交わす。ティムが硬い表情でうなずく。
「――K・K」
老操縦士は、ジョウへ顔をふり向けた。甘さの残るその容貌(かお)は親父(ダン)にちっとも似てないくせに、やはりそっくりになってきやがった。
(……そいつはウチの坊もおなじか……)
思い切りがよすぎるほどよかった父親とは対照的な、慎重堅実な仕事ぶりで、短気なクラウスとはよく衝突もしているが、彼の父親を知る古株連中からは、
「似てねえようで、やっぱ血は争えねえな」
と、からかい混じりに言われることが多くなった。
タイラーの父親は兄と兄弟でチームを組んでいた。K・Kが、クラウスとともにメンバーになったのはもう三十年から昔の話だ。惑星から惑星へ渡り歩き、主に惑星改造と輸送に携(たずさ)わった。
チームリーダーだった父親があっけなく病死したのは、タイラーが十四の時だ。宇宙線を長年浴び続けた結果の、甲状腺癌だった。
その当時、タイラーはすでに連合宇宙軍の士官学校への入学が内定していたのだが、彼は義務教育を終えると、士官学校の方をあっさり取りやめて、伯父から父親のチームを引き継いでしまった。
ちょうど同じ頃、ジョウもまた、ダンからチームを引き継いでいたはずだ。あの頃はまだほんの子どもだったが……
「――お互い妙なところでかち合っちまったが、俺たちはもう行くよ。タイラーにはよろしく言っておいてくれ」
チームリーダーの顔で、彼は言った。
「あ、ああ、そうか」
気圧されたわけでもないのに、K・Kはあごを引いた。
「足止めさせて悪かったな」
「いやそれはお互い様だが……」
と返したK・Kに、ジョウは丸みの残る頬に笑みを刻んだ。
「俺たちはメシを食いにいくだけだよ」
「メシ?」
「……<ミネルバ>がガス欠でな、給油待ちなんだ」
タロスが補足する。K・Kは納得したようにひとつ頷いた。
「ああなるほど。そういうことか」
ジョウはタイラーの客(ゲスト)へ顔を振り向けると、
「じゃあな、ライブラさん。次にラグボールの試合を見るときは、アンタにも注目しとくよ」
「それはどうも」
と、応えたライブラに軽く手を上げて、ジョウは踵を返した。リッキーとタロスも挨拶もそこそこに、ジョウのあとを追いかける。
「……あのライブラってひと、なんかイメージ違ったな。試合のときはさ、もっとこうスカしてたっていうか、カッコつけてた感じしたけど」
前を歩くジョウの背中を追いかけて、跳ねるように歩いていたリッキーは、半身をひねって振り返った。ライブラは二人のクラッシャーに前後を挟まれる形で去っていくところだった。
「よく喋るヤロウだったな」
というタロスへ、
「おいら、サイン貰っとけばよかった」
「審判のサインなんざ貰ってどうすんだおめぇ」
タロスが横目に呆れて見下ろすと、リッキーは口を尖らせた。
「だって有名人じゃん」
「阿呆か」
「タイラーのチームって、いつもあんな有名人の仕事ばっか請け負ってんのかなぁ……?」
「そんなに有名人と仕事したけりゃ、今からでもあっちのチームに混ぜてもらったらどうだ?」
タロスは意地悪くせせら笑った。
「ティムとかいったか、あの若いのとおめーとトレードしても俺らは一向にかまわねえよ。……とはいっても、おめーみたいな低脳児は向こうでお断りか」
「な、なんだと!」
とたんにリッキーの顔面に朱がのぼった。タロスはそんなリッキーを逆なでするように、両手のひらを上へ向けると、
「なんたってコントロールボックスのゲージすらまともに読めねえ阿呆(あほう)だもんな」
やんわりとだめを押す。それを見たリッキーのどんぐり眼が、釣りあがった。
「な! 黙って聞いてりゃ……自分がドコのチームにも相手されないからって、おいらに八つ当たりすんなよな!」
もとより言われっぱなしで黙っているリッキーではない。さらに言い返そうとタロスの顔へ指を突きつける。
そのとき、数歩前を歩くジョウが、不意に立ち止まった。
「…………気に入らない」
「へ!?」
リッキーはぎょっとしてその背中を凝視した。ジョウは向こうを向いたまま、眉を寄せてあごに親指を当てている。
「あの兄貴……? 気に入らないって、まさか兄貴までおいらのこと……」
自分のことだと思ったリッキーは、風船がしぼむように一気に勢いがなくなった。タロスが言うと冗談で済むが、ジョウだとシャレにならない。リッキーはべそをかき始めたが、ジョウは知らぬげに、考え込んでいる。
「…………どうも気に入らねぇ」
「何が気にいらねえンです?」
タロスが真顔に戻って、その背中へ問うた。ジョウはゆっくりと振り返った。
「タイラーがいなかったろ」
「へえ? ……そいつがどうかしたんで?」
ジョウは視線をタロスから、その向こうへ移した。行きかう人の中にすでにK・Kたちの姿はない。
「……タロス」
「へい?」
「――追いかけるぞ!」
言い捨てるや、ジョウは駆け出した。タロスとリッキーはわけが分からず、ぽかんと立ち尽くしていたが、顔を見合わせて、はっとすると、慌てて後を追う。
わざわざホテルへ乗客を迎えに行ったといいながら、その客(ゲスト)のそばにタイラーがいない。
およそジョウの知る、几帳面なタイラーらしくない。らしくないといえば、さっきの立ち話の最中もK・Kはそれとなく周囲へ気を配っていたし、ティムという新顔の方は、明らかに緊張していた。
運んでもらう(チャーター)のだとライブラは話していたが、ひょっとしたら――
「何が出国手続きだ……っ」
行きかう人の流れの中を縫うようにしてフロアを出たジョウは、先ほど歩いてきたばかりの連絡通路を駆け戻った。ジョウに追い抜かれた船員らしいヒゲ面の男が何事かと振り返るが、後から走ってきたタロスとリッキーに慌てて道を開ける。
「兄貴!」
通路を抜け、エスカレーターを段抜かしに駆け上がると、正面に搭乗受付のエリア。ジョウはすばやく見回して、三人を探す。
星系便の各社カウンターの前は、手続きを待つ人の列ができている。少し離れて、エスカレーターそばの、個人船利用者のカウンターの方には、運び屋らしい数人の男。
搭乗ゲートは、エスカレーターを上がりきったその先だ。
その五本並んだエスカレーターの方へ、遠目にも分かる、明るい青とダークグレイのクラッシュジャケットに挟まれるようにしてライブラが歩いていく。
視界の端で、受付の人の列から、男が数人飛び出した。
「伏せろライブラ!」
ジョウが叫ぶ。瞬間、反射的に振り返りかけたライブラを、ティムが体当たり気味に押し倒した。
直後、数条のヒートガンの火線が、ライブラたちがいた空間を薙いだ。
鋭い悲鳴が上がり、一般客が頭を抱えてうずくまる。
「野郎!」
タロスが吼え、ジョウたちは猛然とダッシュした。
レイガンを引き抜きざま、襲撃者たちへ向かって乱射する。
「なに!?」
ライブラのほうにしか注意していなかった彼らは、いきなり背後から攻撃を受けて浮き足立った。慌てて応戦する。
K・Kとティムがライブラを後ろに庇いながら、エスカレーターの方へ逃げる。
「K・K!」
「ジョウか!?」
ジョウは火線がクラッシュジャケットを掠るのも構わず、レイガンを横なぎに撃ちながら突っ込んだ。
「がっ……!」
膝を撃ち抜かれた男が激痛に転げまわる。すると別の男が手榴弾をつかみ出した。瞬間、K・Kの銃が火を噴いた。手首を撃ち抜かれた男はのけぞり、床にくず折れ呻(うめ)く。
八名ほどいた襲撃者は瞬く間に撃ち倒され、すでに二人になっていた。タロスとリッキーが容赦なくレイガンを叩き込む。勝負は一方的に終わりそうだった。
と、そのときだ。
(殺気……!?)
ジョウは反射的に身体をひねった。レイガンのトリガーを立て続けに引き絞る。
銃声が、重なった。
「がはっ!」
「ぐわっ」
短い悲鳴をあげて、エスカレーター上段から、男たちが次々と、もんどりうって落ちてきた。ゴ、と床にぶつかる鈍い音がして、血だまりがエスカレーターを汚す。
ジョウはひとつ息をつくと、レイガンを腰のホルスターへ戻した。銃声は、いつの間にか止んでいた。
「……お、終わったのかい?」
ライブラが恐る恐る、頭を上げる。ペーパーバックはいつの間にか手から飛んで、フロアに落ちていた。
「ミスタ、怪我は?」
ティムが腕を引っ張りあげるようにして助けおこす。
「な、ないが……」
答える声が震えている。
「余計なことをしちまったかな……?」
周囲を見回しながら言ったジョウに、K・Kは真面目くさってかぶりをふった。
「いや、そんなことはない。助かったよジョウ」
「何モンだい、こいつら?」
「なんとかいう政治的思想集団らしいが……要はテロ組織だ」
襲撃の可能性はある程度想定はしていたが、ここまでの人数だとは思っていなかった。相手は自爆テロの常習組織だという話だったから、あっても個人攻撃だろうと踏んでいたのだが。
まさに、裏をかかれたといっていい。
タロスとリッキーが小走りに駆け寄ってくる。我に返った一般客がようやく騒ぎ始めていた。
ジョウの視線が、転がっている襲撃者たちへ注がれる。五人すべて、精確に眉間を撃ち抜かれていた。そのうち、レイガンでない、レーザーライフルの銃痕が、三人。
「…………あのやろう」
ジョウはエスカレーターの先、三階の一点を振り仰いで睨んだ。
スコープから目を外した男は、口元に笑みを点(とも)すと、肩付けに構えていた銃身を下ろした。
「…………相変らず、いい反射神経をしている」
呟いた声は、素直に賛嘆が滲んでいる。
眼下を、空港付の憲兵が血相を変えて走っていく。それを見送りながら、彼は手首の通信機をオンにした。
「こちらタイラー。襲撃者の全滅を確認した。――合流するよ」
<ハンニバル>が轟音をとどろかせて宇宙へ上がっていく。
「……間にあうのかなー……」
コントロールボックスに頬杖をついて、リッキーはぼんやりとメインモニターを眺めている。
「間にあうだろ」
見る見る小さくなる<ハンニバル>を目で追いながら、操縦席のタロスがあっさりと言った。K・Kの腕なら、一時間くらいの遅れなどどうと云うことはないはずだ。
「まぁ、あの兄ちゃんの体調までは保証しねえがな」
何しろ、クラッシャーの操船は、荒っぽい。星系便の、ファーストクラスに乗りなれた人間には過酷だろう。
副操縦席に座るジョウは、シートを目一杯後ろへ倒して、行儀悪く脚をコンソールの上へ投げ出している。
あのあと、憲兵に取り囲まれたジョウたちは問答無用で拘束されかけたのだが、ライブラが名乗ると、とたんに彼らの態度が軟化した。
憲兵の長らしい男が青い顔でライブラを一旦VIPルームへ連れて行こうとするのを、急いでいるからと彼は頑強に拒んだ。
「しかし、こちらとしましては調書をとりませんことにはいかんせん……」
「そんなのはあっちで呻いているあのテロリストたちから取ればいいだろう。とにかくこっちは時間がないんだ! 予定通り彼らの船で僕は行くからな!」
と、いきりたってライブラがタイラーたちへ振り返るのへ、
「――申し訳ございませんが、調べが終わるまで宇宙港は一時閉鎖いたします」
長官は恐縮しきりに頭を下げた。
「一時閉鎖!? どれくらい閉鎖するんだ!?」
「それはですから……宇宙港の安全が確認できるまでです」
「そんなことされたら試合に間にあわないじゃないか! 今すぐ閉鎖を解除してくれ!」
「無茶言わんでください!」
長官は青筋を立てたが、それ以上強くも言えず、結局ジョウたちはロクな事情聴取もされずに開放された。それでもさすがに即、宇宙港の閉鎖解除とは行かず、<ハンニバル>は約一時間、足止めを食った。
「……父親のとばっちりでテロの標的にされるなんて、大統領の身内やるのも大変だなぁ」
のんきな調子でリッキーが独り語ちる。ライブラが護衛にクラッシャーを雇ったのではと言った彼の推測は、つまり半分、当たっていたわけだ。
ここ数日、テロ組織の蠢動(しゅんどう)を察知していた大統領は、息子の身辺にも護衛を付けたがったが、息子の方は聞く耳を持たない。
そこへ、チャーターの話である。息子から相談を受けた大統領の側近は、それならばと宇宙のスペシャリストであるクラッシャーを勧めた。クラッシャーなら金さえ払えば、万一テロの襲撃があっても確実に彼を守ってくれる。
タイラーの話によると、父親は初め、側近の提案に、宇宙生活者どもに何ができると難色を示したらしい。が、息子が子飼いのSPと大統領専用機の使用を拒んでいる以上、それと同等のパフォーマンスを要求できるのはクラッシャー以外にないと言われて渋々同意し、アラミスへ打診したという。
「……あくまで息子にはチャーターだけだと思わせておいてくれというんだからな、バカな親心さ。だが、こちらとしては依頼人の期待に沿うようにするしかない」
「襲撃されることは最初(はな)から想定してたのか?」
ジョウは頭ひとつ分は優に高い、長身のクラッシャーを見上げた。お互い、直接顔を合わせるのはアラミスでの技能競技会以来、二年ぶりだ。
「五分五分くらいかな。もしあるとしたらホテルと宇宙港のどちらかだろうとは踏んでたよ」
穏やかに、タイラーは白状した。
「お前たちがやってきたとクラウスから聞いたときは、アラミスが増援に寄越したのかと一瞬勘ぐったよ」
「増援なんてちっとも必要と思ってないくせしてよく言うぜ」
先ほどの鮮やかな狙撃の手並みを思い出して、ジョウは思わず言い返した。 クラッシャーになって七年、射撃において、唯一勝てたことがないのが目の前の、この男だ。
そうでもない、と、タイラーは亜麻色の髪をさらりと一振りすると、
「礼金を払いたいところだよ」
存外真面目な調子で言うのに、ジョウは露骨に顔をしかめた。
「よしてくれ」
タイラーはどこか弟を見遣るようなまなざしを返したが、ジョウは気がつかない。
「チーフ! ちょいと来てください! こちらさんがなんですか話があるそうで……」
K・Kが傍らで苦々しげに口ひげを噛んでいる長官を指差している。タイラーが返事を返し、それを潮に、二人は短く挨拶を交わすと分かれたのだった。
「――なんじゃ、わしだけ除けもんにしよってからに」
<ミネルバ>に戻ってきた三人を出迎えたガンビーノは、事の顛末を聞いた途端、ぶつぶつと文句を言った。だが話は飯の後にしてくれとジョウに言われると、彼は渋々、彼らの昼飯をこしらえに食堂へひっこんだ。
それから半時間、待っていると余計に腹が減る。
「メシまだかなぁ……」
リッキーは両腕を伸ばすと、だらしなくコントロールボックスへ突っ伏した。
「<ミネルバ>も腹ペコ、おいらも腹ペコだよ……」
「メニューはなんだって言ってた?」
別の宇宙船が離陸体制に入るのを漫然と眺めながら、ジョウが訊く。
「チキンソテーとコールスロー。……あー、腹へった!」
するとそこへ通信が入った。タロスが物憂そうに腕を伸ばしてスイッチを弾く。画面に現れたのは、入港時にやり取りをしたあの管制官だった。彼は平板な声で、給油の準備が整ったと知らせた。
「<ミネルバ>の給油までは、まだ三時間ばかしあるはずじゃねえのか?」
タロスは眉を寄せ、聞き返した。
「それが……そちらを優先するように、といわれましたので」
「誰に?」
「――大統領筆頭秘書官です」
ジョウとタロスは顔を見合わせた。
「…………あいつか」
ライブラが、ひと言言っておいたらしい。礼のつもり、ということか。
「へ、特権階級の粋な計らい、ってヤツですかい?」
通信を切ると、タロスは皮肉っぽく口の端を吊り上げ、嗤った。釣り込まれて、ジョウも笑う。
と、
「――欠食児童ども、飯ができたぞ!」
出し抜けに、ガンビーノのしわがれ声が操縦室に響いた。途端、弾かれたようにリッキーが上体を起こした。
「とっとと食いにこい!」
言うだけ言うと、ぶち、と内線が切られる。
「それじゃ俺たちも、<ミネルバ>と一緒にランチタイムといくか……!」
ジョウは反動を付けて、シートから立ち上がった。
「賛成!」
腹ペコの三人は、先を争うようにして操縦室を出て行った。
(おわり)