【2】
場所は武器庫。
普通の17才の女の子だったら物騒すぎて、初めての思い出にちょっとケチがつきそう。
けどクラッシャーのあたしたちには、らしい場所と言えた。
補給した弾丸やエネルギーパックを整頓しつつ、
この際ガラクタを始末したいとジョウが切り出したから、いつも通り、
当たり前のように、あたしはそれに付き合った。
レイガンからバズーカまで、試作品やらプロトタイプやらを《ミネルバ》はかなり抱え込んでいた。クラッシャーの特Aチームだから、火器のテストオファーが
何かと転がり込んでくるのは仕方がない。
どれも性能は良いらしいけど、クラッシャーの過酷な仕事に対してはやや貧弱。
そして射撃の精度が、感覚と直結しているジョウの場合、
相性で選り好みしたりする。
デザインやフォルムを一目しただけで、それが分かるとも言っていた。
「邪魔だ、くそったれ」
がちゃがちゃと銃身の束を抱えながら、ジョウは一人ごちた。
心身に馴染む武器や身の回り品はそもそもが少ない。
彼はそれを十分わかっているから、余計な作業、フィードバックする価値の低さ、保管の邪魔、
抱えて飛ぶ燃料のロスに加え、片付けの面倒臭さに辟易して決断した。
今後テスト品は受け付けない。全部さっさと捨てちまおう、と。
それで高い所や隅々まで、ジョウより小柄で身軽なあたしが
掻き出しもれがないようチェックしていた。
本来こういう作業はリッキーの役目。だけど、この日はタロスが照準整備に使いたい
とリッキーを借りて行った。
慣れない作業はほんと危険。そして何の予測もできず、痛い目に遭う。
重い物や使い慣れた物は下、軽くて保管目的の物は上。ところが《ミネルバ》の武器庫に
そのセオリーは当てはまらない。
タロスがいるから。
ラックの最上部やロフトなど、大きさやウエイトに関わらず、手当たり次第みっちり押し込まれている。
弾薬サンプル1グロス、レーザーライフルのアタッチメント各種、小型バズーカニューモデル一式、
固形食料試作品100テイスト分など、挙げればキリが無い。
あたしは荷物を鷲づかみで運べる、オクトパス型ムービングマシンを使って一切合切、
不要品を下ろした。
男連中だって無闇に物持ちじゃない、と毒づきながら。この先休暇で《ミネルバ》を下りる時、
あたしのトランクの数に文句をつけないで欲しいと思った。
ムービングマシンのおかげで、男性並みの力仕事をこなせるけれど、
扱ってるのが心ときめく物品じゃない。単調な作業を、ラックやロフトに乗っては
四つん這いで移動して、無理な姿勢と退屈さにだんだんと押し潰されてきた。
休憩……。
ちょっと甘い物を口にしたい。そう決めた途端、あたしはひらりと高所から飛び降りた。すると。
「ーーー!」
右足首が、くんっと変な動きをした。
視界の天地がひっくり返る。落下のGと、捻りの遠心力とで、あたしの身体はしなる。
人形みたいに。
背筋がぞっとした。けど受け身のひとつもとれない。床に叩きつけられる。コンマ数秒でそれを覚悟できただけでも上出来。
ただ息を呑み、身体を固くした。
実際。
後頭部がすっぽりと、厚みのある何かに包まれた。背中と肘と腰は予想通り、痛みにずんと貫かれた。内臓も、強く揺さぶられて気持ち悪い。
だけど分かった。頭だけは強打を免れてる。
「……セーフ」
「あ」
仰向けの鼻先や、頬を、なぶる呼吸。まぶたを開くと、逆さまのジョウの顔が天井にある。あたし、覆われてる、見下ろされてる。
「気をつけろ」
「ご、ごめん」
後頭部を守ったのは、ジョウの掌。スライディングしたかもしれない。
ジョウは腹ばいで、左手だけでキャッチしている。馴染みのチタニウム繊維の厚みは、あたしを心底安心させた。
だけど胸がどきどきする。緊張からの解放と、あんまりにも至近距離すぎて。
あたしの表情が再びこわばったのは、本当は、そのせい。
ところがジョウは違う解釈をしたみたいだった。いきなり怒鳴ったことを反省したのか。
鋭利な目元から、力みがすっと吹き消される。両の肘を着き直して、起こした上体を安定させた。
手は、下敷きのままで。
「いや、違うな」
「え?」
「俺がいけない。こいつをバラしすぎた」
くい、と顎をしゃくる。その方向に目線を向けると、重々しく、細長い物体が放り出されていた。
3本ほど。
小型戦闘機ミサイルのサンプルで、ファイター用にと押しつけられた代物だった。
安全装置は解除されてないけど、うっかり踏むにはひやりとする。
「随分と命がけな整理整頓だこと」
「まったくだ」
「よくもまあ、溜め込んだわね」
「溜めちゃいない。勝手に増えたんだ」
「あら、それ、あたしの前で言っていいの?」
「う……」
ジョウの目線があらぬ方向に向く。
この間あたしがそう訴えたのに、そんな馬鹿な、で片付けられたことは忘れてない。
「そうなの、増えちゃうのよ? だからジョウ、部屋のクローゼットなんとかして」
仰臥したまま、甘え声でねだった。妙なシチュエーションだけど、
舞い込んできたチャンスはものにする。ね、お願い?と瞳で駄目押ししてみた。
「……改装は、できない」
「ええ〜?」
「が!」
「……が?」
「ここの隅に収納を作るのは……許可する」
「武器庫に?」
「文句あるなら却下だ」
「ううん、助かるわ。ありがとう、ジョウ」
あたしは胸の前で両手を合わせた。
「これぞケガの功名ね」
ジョウが適当に放り出したミサイルに、感謝しなくちゃと、軽い気持ちを言葉にした。すると。
「ケガ? どこ打った?」
眼前に、彼の視線が降り注ぐ。診察するドクターのように、
しげしげと、つぶさに、覗き込んできた。
背中と腰と肘は、したたかに打って痛かった。
けど打ち身や痣が残るほどのダメージじゃないことは、危険な仕事をかいくぐってるから分かる。
「あ、そういう意味じゃないの。全然、どっこも平気」
聞き入れたジョウは、なんだ、と一瞬張り詰めたものを解いた。あたしはこういう彼を見ると、
優しい気持ちにくるまれて嬉しくなる。
ぶっきらぼうだけど、扱いはとても繊細。
天地さかさまの精悍な顔を見上げて、眩しそうにあたしは目を細めた。すると。
「驚かすなよ」
ジョウの声色が1トーン落ちて、降ってくる。
そしてあたしの耳元で、クラッシュジャケットの特殊繊維、その衣擦れの音が大きめに響いた。
あたしの視界から彼の顔が消えて、襟元が鼻先に覆い被さる。銀色のタートルネックから、
ことんと喉仏が上下するのが見えた。
慣れない光景にあたしは身動きを忘れる。
そして引き締まった感触が、なぶるように一瞬、唇をかすめた。
息を呑む。
きゅんと心臓が跳ねた。
なに?と、え?の文字が帯のようにぐるんと脳裏を駆け巡る。
するとジョウの喉元が遠ざかり、視界が拓けた。
後頭部から左手を引き抜くと、彼は姿勢を起こした。
床に残されたのは、マネキンのように両眼ひらきっぱなしのあたし。
「さっさと終わらせるぞ」
片膝をつき、見下ろすジョウの顔が遠い。さっきまでの密着すれすれな距離感は、
何かの見間違い?幻想?
なんだか頭の情報処理がうまくいかない。
それに、あの感触。
「ジョ……ジョウ?」
「なんだ」
「えっ、と」
確かめたい。けど、ストレートに聞けない、あたしに何をしたのか。あの角度、あの体勢からだと考えられる行為はひとつ。
ーーーキス。
この甘酸っぱい単語と、あたしを見下ろすジョウの平然とした態度が繋がらない。愛情表現に関しては極端に奥手で、照れ屋な彼。それが事を済ませて、
こんなに涼しい素振りでいられる人?
疑問の矛先が、あたしに向く。勘違い、もしくは思い込み。触れたのはジョウの唇でなく、
何かの拍子に、何かが掠っただけ。
体位が天地逆さまだったから、目視できてないせいで決定打に欠ける。
「どうした?」
手をさしのべてくれた。
途端、床に伸びっぱなしなことが恥ずかしくなる。
慌てて身を起こしたものの、立ち上がるところまで行かない。
「あ、えっと、その……」
彼を直視できない。だけど呼びかけた手前、手当たり次第なんとか会話を繋がなければ。
「収納は、ロック付きにして……?」
発してから、余計に焦る。唐突すぎる?不自然じゃない?、前後の辻褄が合ってるかどうかすら分からなくなった。
するとジョウは
「了解」
と片っぽの口角をひょいと上げて、あたしの手をとってくれた。