【1】
「あ〜…、駄目だ」
ジョウは倒れ込んだままの姿勢を整えることすらできない。
ジェルマット仕様のデッキチェア、それも広々クイーンサイズ。リクライニング調整も面倒でフラットなままごろんと転がり、右膝が直角に折れてチェアサイドよりだらんとぶら下がる。よいせと引き上げ、お行儀よく仰臥することができない。もういい、ここまで辿り着けたんだ。ジョウは声にすることすら億劫らしく、胸の中で呟く。
燦々と降り注ぐ日光、真っ白なビーチ、浮き輪がまるで浮いている風にしか見えない透明度の高い海。獅子座宙域の惑星パレスが誇るヴィクトリア・ビーチに、クラッシャージョウのチームはほうほうのていで辿り着いた。
〈ミネルバ〉で大バトルを繰り広げる仕事だったわけではない。メンタルだ。精神面がガタガタになるほど、神経を寸分も休めることのできない仕事だった。しかも地下空間に銀河標準時間で1ヶ月近くカンヅメ状態。モグラでもない限り、ただそこにいるだけで消耗していく。精魂底尽きる寸前で全工程をクリアした。
風前の灯火状態で4人はさっさと現場を発ち、ドンゴに休暇場所をサーチさせた。というのもわずか5日後には、次のクライアントに会うタイトなスケジュール。しかし心身共にすっからかんでは、特Aクラスの名に恥じない働きをこなせるか不安である。そこで急遽リゾート地での集中充電を決めた。
〈ミネルバ〉を自動航行で惑星パレスに向かわせる間、ジョウは思い出したくもない仕事のレポートに取りかかり、タロスは後始末や機械類のメンテを根性でこなした。キャリアの浅い2人は、自力で自室に戻れただけで上出来とほったらかし。少しでも滞在時間を確保するため、チームリーダーと大ベテランはすでに何も出てこないと思われる精神力をさらに搾りきった。
ホテルにチェックインして4室に隔てられているスイートに転がり込むと、タロスがついにリビングのソファで沈黙した。クラッシュジャケットを脱ぐこともできず、茫然と一点を見つめる始末。〈ミネルバ〉で放置されたおかげで、いくらか回復したリッキーが気を利かせて、ビアをソファのアームに置く。
「……ストロー、ぶっこんどいて、くれ」
なんとも情けない、介護老人のような弱音を吐いた。しかし一口でもアルコールを飲みたいあたり、大人の執念を見せた。
そしてジョウは一番スタミナと若さがある上に、どうせ死人になるならビーチでなりたいと意志が固かった。それぞれのプライベートルームに入り、真っ白なシーツがぱりっとメイキングされたベッドの誘惑をなんとか振りきる。シューターで届いたレンタルの、競泳用ハーフパンツの水着によろよろと着替え、クラッシュジャケットをクリーニング受付に突っ込むと、誰とも誘い合わせることなく外に出た。
ビーチまで遠いのか、ジョウの動きがのろいのか。その両方が彼を潰しにかかるものの、ホテルの送迎サービスはプライドが許さず、黙々とただひたすら歩を進めた。サバイバルな状態で、無心に前だけ目指した場面は数え切れないほどくぐっている。
オープンガーデンから漂う、グリルの香しい匂いも無視。ナイスバディなきれいどころ集団も無視。目映い水平線も、マリンアクティビティにはしゃぐ嬌声も、無視、無視、無視。目指すはただ、降り注ぐ日光の下で死人になれる場所。一種取り憑かれたような動きは、美しいビーチにまったくそぐわず、彼の行く手にいるリゾート客が十戒の如く左右に道を拓き、除けていった。
そしてついに、スイート専用のビーチスペースに辿り着く。ああ……、と崩れるようにデッキチェアに倒れ込んだ。ぐにゅ、としたジェルのクッションがジョウを抱き込んでいく。
見上げると、銀色の大型パラソルがスカイブルーを遮るように被さっている。パラソルのフリル部分から冷風カーテンが広がっているため、外の灼けるような暑さが心地よく柔和され、昼寝には絶好のコンディションといえた。
「やれやれだ……」
ようやくすべてから解放された。かちり、と頭の中でネジだかスイッチが、オフする音を聞いた。すると、とろん、と瞼が重くなる。ひと呼吸ごとに、一階層ずつ深い所に落ちていく感覚。すう、とジョウは睡魔にまとわりつかれ意識の底に急降下した。
しかしその時間は、ものの30分と続かなかった。
にゅる、と波に頭を打ち返されたような感覚で起こされた。しかしジョウの身体は素直なもので、休暇モードに入ったため反射的に動けない。重たい瞼だけ数ミリ何とかこじ開け、ジェルマットが加圧によって右に偏っているのを平衡感覚で感じ取った。しかし身体そのものはジェルに吸い付かれ、沈み込み、起き上がることができない。
分かったのは、ベッドの隣に誰かが来たこと。パターン通りならアルフィンだろう。しかし声が聞こえてこない。いつもなら、
「ねえジョウ、海で泳ご。あのブイまで競争しない?」
とワガママが続くのだが、無言そして無音。じゃあ一体誰だ? と、意識のほとんどが睡魔に浸かったままで、ジョウは首を少しだけ気になる方向に傾け、ぼんやりと狭い視界をキープする。
いたのは、やはりアルフィン。確認と同時に、ジョウはぎくりとする。
チェアサイドにお尻だけひっかけるように座り、上体は左に軽くひねって海を眺めている姿は童話に出てくるマーメイド。金髪が背中をなぞるように流れ、ぞくぞくするほど美しい。そして金髪のサイドから一房だけ、前に下ろされ胸を隠すようにしている。
「!」
そう、一糸まとわぬ姿が目に飛び込み、ぎょっとした。