【17】
出発の日。
ドックのゲートに直通する送迎フロアに、<ミネルバ>の乗員4人と、ジルを連れたアルフィンがいた。
「やっぱりアルフィン、顔色良くないよ」
リッキーが心配そうに訊く。
アルフィンをアラミスに一人残すのだ。当然の配慮だった。
「そんなことないわよ」
「そうかい? まだ兄貴と闘争中ってことはないよね」
「気づかってくれてありがとう。でも平気。単なる寝不足だから」
その発言にミミーは、きゃっと声をあげる。意味を察した。
余計なこと訊くもんじゃない。そういう意味合いの肘鉄をリッキーの脇腹に入れた。が、痛がるばかりで当のリッキーは分かっていなかった。
「近くに仕事で来たら、ぜひ寄ってね」
アルフィンが満面の笑みをこぼす。
「そんな健気なこと言われたらねえ。……長い休暇が取れればちょくちょく顔を出しますぜ」
タロスがにやりと笑った。
「でも今回は残念だったわ。ジルったら、ジョウのこと結局ダディって呼ばなかったし」
「無理もないさ。たった数日で呼んでもらおうなんて虫が良すぎる」
「謙虚ね」
再会の時にはなかった余裕が、ジョウから漂っていた。
「ジョウ、お名残惜しいですが」
タロスがクロノメータに目を落としてあっさりと言い放つ。
別れ際を少しでも湿っぽくしないためだ。
「ああ」
そしてジョウはアルフィンからジルを抱くと、頬に口づける。
「マムを頼んだぞ」
ジルは指をくわえたまま、きょとんとしていた。別れを理解するには、まだ幼すぎた。そしてアルフィンの肩を引き寄せると、その唇にも触れた。
「わわわっ!」
リッキーが赤面する。
なにせ人前でジョウがこんなことをするのは、初めてだ。
「……変わったねえ、兄貴」
「もう夫婦なんだぜ」
「夫婦だとさ……」
「うるさい!」
やり慣れないジョウは、やはり顔をぐしゃぐしゃに赤く染めた。
そんな背後で、ミミーがほうとため息をついた。
「やっぱり、クラッシャーの男は最高ね」
小さな呟きだったが、リッキーは聞き漏らさなかった。
「だろ! やっぱミミーは見る目あるぜ」
「でもリッキーとは限らないかもよ」
「そりゃ酷いや……」
5人は笑った。
ジルもつられて声を上げて笑っていた。
「……じゃあ、気をつけて」
アルフィンはしっかりとした口調で別れを告げた。また会えるのだ。哀しい気持ちは一片もない。それに何かあれば、ジョウをすぐに呼べる。ジョウもそれを望んでいる。この数日でアルフィンは、はっきりとその気持ちを確かめることができた。
「今度会うまでに、ジルにはタロス、リッキー、ミミーの名前も覚えさせておくわ」
その言葉に4人は頷いた。
笑顔を絶やさないまま、クルーはドックの直通ゲートを抜けていった。
それからしばらくして。
銀色に輝く<ミネルバ>が滑走路を駆け抜け、大空へと舞い上がった。送迎フロアの窓から、アルフィンとジルは機影が光点になり、それすらも消えるまで、じっと見送った。
銀河標準時間で1400時間が経過した。
<ミネルバ>は、第十七惑星メランコリでの護衛任務を終え、とっくにおおいぬ座宙域を去っていた。ワープ飛行を続け、次の仕事先まで3分の1の距離を残したポイントで停泊する。時間調整のためだ。
丁度その頃、アルフィンからレター映像が届いていた。ブリッジのメインスクリーンいっぱいに、腕白に磨きがかかったジルの姿と、アルフィンの姿が投じられている。
この時期の子供の成長は早い。毎日が変化の連続。その意味がありありと伝わってくる。
「ジルがいると、アルフィンも退屈しなさそうね」
空間表示立体スクリーンのボックスシートから、ミミーが微笑みながら言った。
「仕事の疲れも吹っ飛びますな」
タロスも満足げだ。年齢的にいえば、これくらいの孫がいてもいい。すでにタロスにとってジルは、そういう存在だ。
ジョウも優しい眼差しでスクリーンの映像に見入っていた。
「あら?」
ジョウの背後でミミーが呟く。
「どうした」
「追伸があるみたい。メッセージあるなら映像で言えばいいのに」
コンソールのキーを叩くと、メインスクリーンがブラックアウトする。文字がタイピングされた。
短い。
しかし衝撃のメッセージだった。
「うっ?」
「おおっ!」
「ほえっ!」
「まあ!」
4人それぞれの感嘆が一斉に上がった。
「こりゃすげえや!」
タロスがぱちんと指を鳴らす。
「兄貴って分かりやすいなあ……」
ジョウの顔面が沸騰したように赤くなる。
「ミミー! スクリーンを消せ!!」
ジョウが狼狽えながら怒鳴った。
「やだあ照れちゃって。……うちのリーダーったら可愛いんだから」
「ちっ!」
ジョウは居たたまれなくなり、副操縦席から立ち上がった。
「どこへいくんでさあ」
「ほっとけ!」
ぴりぴりしたオーラを露わにしながら、ブリッジを出ていった。ドアが閉じると、残された3人は肩をそびやかす。
実に嬉しそうな顔で。
ジョウは、足音を必要以上にたてながら一路キッチンへ出向く。そして気持ちを落ち着かせるためにコーヒーを煎れる。しかし手が震えて、粉は飛び散り、熱湯を自分の足にかけてしまう始末だった。
「私ガ煎レ直シマショウカ。キャハハ」
キャタピラの音が近づく。
見かねたドンゴがジョウの元にやってきたのだ。
「俺に構うな!」
「キャハ? じょうノ心拍数ニ異常」
「やかましい!」
ドンゴのボディを蹴った。案の定、痛みを負ったのはジョウだ。あまりの剣幕に、ドンゴは過去のデータから、退散、という最善の答えを弾き出した。
キッチンに一人残されたジョウは、ゆっくりと息を吐く。そして熱いコーヒーをすすった。強い苦みが、血の上った頭を少しずつ冴えさせていった。
カップから半分ほどコーヒーが減った頃。
ようやくジョウの胸にひしひしと喜びが広がった。抑えても、抑えても、口元から笑みがこぼれてしまう。
「……そっか」
小さく呟いた。
追伸で送られてきたメッセージが、鮮やかに脳裏に映し出される。
“ジョウ、二人目ができたわ”
その文字から、アルフィンの輝く笑顔が見えるようだった。
<END>